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2005年05月 アーカイブ

2005年05月23日

若さという病について

ケン パーク スペシャル・エディション

一人のスケートボーダーの少年が公園に座り、おもむろにハンディカメラとピストルを取り出し、そして自分の横顔をハンディカメラで映しながら、ピストル自殺をする。そんな陰惨極まりないシーンでスタートするラリー・クラークの『ケン・パーク』をレンタルビデオ屋で借りた。

昨年の12月にワタリウム美術館に行って彼の個展『パンク・ピカソ』を観たんだけど、そのままの世界観が映画として成立して、彼が追いかけるモチーフについての情熱、というかオブセッション(?)を改めて感じた。写真、映画ともに、十代の少年少女達に焦点をあてて、彼らの年代特有の無垢さ、憂い、緊張感のある美しさ、そういうものを彼は一貫して追いかけている。当然、スケートボーダーの少年のポートレイトも個展には数多く存在し、彼が最高のスナップシューターであることが理解できるものだった。

個展で興味深かったのは、彼が丁寧にタブロイド誌のスクラップを集めていて、大抵それは十代の少年が犯した犯罪の記録だったり、アメリカ南部のホワイトトラッシュの家庭の問題についての記録であったりした。わざわざスクラップをつくる、ということはこの写真家は本当に自分のモチーフ、すなわち「若さ」、「思春期」というものに取り憑かれていて、そこから逃げることなく、自覚的に社会を見ている、ということなんだと感じた。

彼のモチーフは単なるセンセーショナリズム、ではない。『ケン・パーク』はまさしく彼の持っている様々なスクラップのなかにある物語を、ハーモニー・コリンが丁寧に掘り起こし、脚本化した、と言える。そして、僕らは若さというものに取り憑かれた文化の真っ只中いるんだ、ということをこの映画を通して実感するのだ。

タブロイド誌のスクラップ記事から再現されたものとは、歴史が崩壊した世界(郊外社会)における、空っぽな人々にまつわる、空っぽな物語だ。なすすべなく生きている人たちの、空虚であるが故の一瞬の美しさが、この映画のなかに存在する。青春ドラマにありがちな、「何かを乗り越える」ための葛藤はほとんどなく、ただただセックスと暴力のみがあって、登場人物たちは少年達がスケートボードで街を滑るみたいに、世界の表層を儚く滑りつづける。

とは言え、映画の中の過剰な性描写や暴力シーンを見ると、ラリー・クラークの追及する「リアルさ」について、ちょっと考えざるを得ない。こういった嘘を許さない、表現における潔癖症的な才能は、ラリー・クラークの大きな魅力の一つであると思うけど。この、「リアルさ」を愚直なまでに追い求めることこそが、「思春期」的な病理であって、この映画を求める全ての人が、未だこの中毒性の高い病理の真っ只中にいる、ということかもしれない(小島)。

ZONO

ドリブル

先日引退した、元日本代表フットボーラーであり、90年代における日本人最高のドリブラー、前園真聖について一言書かざるを得ない。一ファンとして。

愛称「ZONO」。初めてこの言葉を耳にしたとき、すげー違和感を感じた(笑)。ゾノ、ヒデ、ジョー、オグ、マコ。と略するのが当時のファッションだった。なんか皆弱そうな名前だな、今聞くと(泣)。けれども、かつては中田英寿を舎弟に従え、アトランタ五輪で日本の28年ぶりの五輪出場の最大の原動力となり、スポーツ誌の表紙は全部ゾノだったよ。全部雑誌買ったよ。

あの頃は全てが前園を中心に回っていた。なんというか、「ああ、フットボールを通した革命が起こっている」なんていう共同幻想が間違いなくあったね。ぶっちゃげ憧れてた。そして今、ゾノの背番号だった「7」は、彼の舎弟だったヒデのものになっている。これはトラウマ以外のなにものでもない。

そもそもゾノはどんなプレーヤーだったのか?鹿児島実業から横浜フリューゲルスに入団し、スピィーディーなドリブルで頭角を現した。ファルカン時代の日本代表に21歳で抜擢され、そのまま23歳以下の五輪代表のエースプレーヤーとなる。前園-小倉-城、という前線のトライアングルは今観ても魅力的なキャスティングだと思う。

しかしながら五輪出場をかけたサウジアラビア戦の超スーパーゴールを境に、彼のキャリアは下降線を辿ることになる。というか、あの歴史的ゴールは凡人が一生かけてもなしえない偉業だと思うし、相手チームであるサウジアラビアに押されていたところの、完璧で痛快で再現不可能な、決定的過ぎるショットであったことは間違いない。待ちに待った、カズ以来の日本人のスーパースターの誕生、そして恐ろしいまでの凋落ぶり。これは、トラウマ以外のなにものでもない。

まじめにサッカーの話をすると、前園の伸び悩みは彼の使われ方にも原因があったと思う。今、ドリブラーといえばロナウジーニョ、ロッベン、クリスチャーノ・ロナウド、そしてフィーゴ。と、皆スペースのあるサイドでポジションをとる。相手DFが密集するフィールドの中央よりも、DFがプレッシャーをかけきれないサイドで彼らドリブラーはボールをもらい、そしてペナルティエリアに向かって突破を試みる。

が、前園は真ん中の位置で使われていた。現代サッカーにおいて、中央突破ほど難しいことはない。彼はこの難しいプレーをチャレンジしては失敗し、次第に自分のフォームを崩していった。現代的な戦術をとるチームで彼がプレーしていたなら、左サイドでよりスムーズにプレーしていたはずだ。しかしながら、あの、強引な勝負度胸満点のドリブルチャレンジは観ていて痛快だったし、彼以降、中央を強引に引き裂こうと挑むドリブラーは出現していない。残念ながら。

そしてもう一つ。若く、ルックスがよく、発言力があり、なおかつプレーを通して独自のフィロソフィーを表現できる。ということは、マスメディアと密接につながっているプロサッカー選手にとっては非常に大きな価値がある、ということを前園は示した。ある特定の世代の価値観やライフスタイルを代弁しうるような、シンボリックな存在に、スタープレーヤーはなりえる。彼がいたからこそ、中田英寿がより戦略的にメディアを活用したプロプレーヤーとしての成功事例を体現出来た、と言えるんじゃないかな。前園真聖は中田英寿が出現できるための下準備をした、という意味ではかなり意義深い存在だった、ということも評価されていいはずだと思う。そして、彼の引退により日本サッカー界は完全に別のフェーズへと移行していることを示した、ということは間違いない。

それにしても好きでした。一瞬だけど夢見ましたね、彼には(小島)。