全く相反する性質をもつ二つのものが一つになる瞬間
地震のとき、いつも思いだすのは自分が子供の時のことです。強い地震が起こると決まって、僕は当時2階にあった自分の部屋を猛烈なスピードで飛び出し、神業のごとく階段を一気に駆け降り、玄関を開け放って庭にヘッドスライディングしていました。いつも親には笑われていましたね。そして、いつしか、僕は揺れに対して鈍感になり、終いにはここで一思いに死んだら楽だなぁ(笑)、なんて考えるような、そういう大人になってしまっていたのです。
歳をとるにつれ、恐ろしいことは減っていくのでしょうか?知が増えることによって、アクシデント(特に、前向きな)は減っていくのでしょうか?まだ僕にはわからないけど、やはりそれはつまらない。あるいは、そういうことが自分にとって、今最も恐怖すべきことでしょうか。少しでも立ち止まったらシニシズムに犯されることなんて逆に簡単である今の時代、やはり僕は「新しさ」を問いていきたい。どんな些細なことについてでも。
最近、ある料理人の本を読みました。コート・ドールというフランス料理屋のオーナーシェフのエッセイです。フランス料理は歴史が長い分、新しい味をつくりだすこともまた難しく、アレンジャー的な料理人はいても、クリエイター的な料理人はなかなかいない、と言われてます。そういった情況において、料理人斉須正雄はこう語ります。
「何かを組み合わせたり振りかけたりすることによって、別な新しい価値が生まれる。・・・アスパラガスはアスパラガスの性質とは相反するような異物を入れることによって、アスパラガスになる。『愛が最も気高く最も神聖な行為であるのは、愛がその中に愛でないものまでも包み込んでいるからだ』という言葉がありますが、それは料理においても、その通りだなぁと思います。」(『調理場という戦場』斉須正雄)
全く相反する性質をもつ二つのものが一つになる瞬間。たぶんこれはアレンジではなく、創造であり、「新しさ」であるということなんだと思います。自分も、こういったことを少しでもいいから意識して生活していければいいな、と感じています(小島)。





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