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2006年02月 アーカイブ

2006年02月22日

僕は銃じゃない

We Think as Instruments

先月、I'm Not A GunのライヴをSpace Lab Yellowに見に行く機会があった。I'm Not A Gunとは、主にテクノ・フィールドで活動を展開してきたジョン・テジャダとギタリストのTakeshi Nishimotoとの二人が組んだ、アコースティックサウンドとエレクトロニカとがコンビネーションされたデュオである。

ドイツ・エレクトロニカ・レーベル"City Centre Offices"から既に『EVERYTHING AT ONCE』、『Our Lives on Wednesdays』と、2枚のアルバムが発表されている。両者ともに、光の粒が闇の空間を浮游するような電子音と、ジャジーで哀愁漂うギターフレーズ、そして跳ねるような生ドラムの音が絶妙なバランスで同居している、素晴らしい作品だった。アコースティックサウンドだけだと少し懐かしすぎで、でもエレクトロニカも食傷気味であった僕にとっては、今、まさにこういう感じが欲しかった、という自分の感覚を見事に当てられた気がした。

ライブはとても興奮した。とても繊細で軽やかでありながらどこか憂いを感じさせる西本さんのギターと、非常にスタイリッシュで、身体に気持ちよく突き刺さるようなビートをたたくJohn Tejadaのドラムが、電子音の間をスリリングに行き交いしていく。初めは非常に緩やかな二人の演奏なのだが、次第に彼ら二人のプレーが熱を帯びてくる、その瞬間が素晴らしい。特に西本さんのギターサウンドはホールの空間をどこまでも昇っていくみたいに気持ちよかった。

緻密に計算されたサウンドながらも、決してやりすぎなものを感じさせず、あくまでもさりげなくて美しい。というのがI'm Not A Gunの美学で、ライブパフォーマンスでよりそれがクリアに現れている。ありきたりなエレクトロニカの方向性ではなく、アコースティック・サウンドとポストプロダクション・サウンドとの理想的な融合、というものを感じることが出来た(小島)。

2006年02月25日

未知と既知とのシャッフル

犬の記憶

自分の感覚と機械が接続されてしまうこと。例えば今で言えばインタフェースと自分自身とが接続されてしまうこと、と言い換えられるかもしれない。自分自身の感覚器官と、自分ではないモノが直接的に「接木」されることによって、また別のもう一つの感覚が到来し、同時にまた別のもう一つの世界が生まれる。カメラという、どちらかというと古い機械と視神経との接続によって生まれる、元来の自分とはまた別の身体感覚についての記述、というのがこの森山大道の『犬の記憶』というエッセイだと言える。彼が追求したその身体感覚とは、自らの記憶における、過去と未来とが交差する瞬間についてのイメージのことだ。

「人間とは、所詮無数の風景の組み合せのなかを、ひたすら駆け抜けていく存在に過ぎないのだろう」と、森山氏は語る。本当に新しい風景に遭遇したと当人は思っていても、もしかしたら彼にとってその風景をただ単に忘れているだけなのかもしれない可能性なんてのは、大いにあることだ。記憶というあまりにも曖昧で頼りないガイドラインに沿って、僕らは風景を観て、何かをその場に応じて感じているに過ぎない。「無数の風景の組み合せ」のなかに僕らは存在し続けるしかない。

だからこそ、知っているとか、知っていないとか、過去であるとか、未来であるとか、そういうものから自由になること。言い換えるのなら、未知と既知とをシャッフルし、全てを一度フラットにすることによって歴史を越え、そして再度そのシャッフルされた数々のイメージを意識的に並べ替えることによって、自分にとっての新しい肉体・感覚・歴史を生み出すこと。こういった作業こそが自分自身をリアルな生へとモチベートするのではないだろうか。そして森山氏にとっての写真を撮るということとは、こういうことだと思う。

しかしながらそれは「来るべき死の風景を予感する」作業とも言える。生きながら死に向かい、死にながら生に向かう。あるいは、未来を志向しながら実は過去を見つめ、過去を志向しながら実のところ未来を見つめている。そういう、矛盾した二つのイメージの明滅を、一つのものとして見定めることが彼にとってのカメラを覗く理由である、と言えるんじゃないだろうか。あるいは、全ての表現そのものが、そういったモチベーションを孕んでいるように僕には思える。

「過ぎた時間は決して死滅しているのではなくていつも準備されているものなのである」。まったくその通りだと思う。忘れて消え去ってしまう、なんてことはないのだ。死滅したと思っていたあなたの中にある記憶というのは、実のところあなたをずっと待ちかまえている。そして、あなたが罠にかかったき、ばっくりとあなたを食い尽くしてしまうのだ。2度と、立ち直れないくらいに。

潜伏した感情と、到来する光とが交叉する瞬間。過去と未来を往来する、犬の記憶。僕にとってこの本は写真にまつわる偉大な教科書であると言っても過言じゃない(小島)。