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いかに秘密を生み出すか

レオス・カラックス―映画の21世紀へ向けて

古本屋で見つけたレオス・カラックスの本、『レオス・カラックス―映画の21世紀へ向けて』を一気読みしてしまう。あくまでも『ポンヌフの恋人』を中心とした本だが。彼の生い立ちや、映画へのモチベーション、そして作品制作の秘話、というのが書かれていて、一気に読んでしまった。割と面白い。

基本的にはレオス・カラックスの作家性と、映画という産業システムとがぶつかり合う状況を中心に、『ポンヌフの恋人』制作における3年間という長期の撮影スケジュール、膨大に膨れ上がる製作費、プロデューサーや出資者との確執、あるいはカラックスとビノシュとの関係、等が書かれている。レオス・カラックスという純粋性が『ポンヌフの恋人』制作のプロセスを通して露になる、という仕組みとなっている。

ポンヌフの恋人〈無修正版〉

やはり、レオス・カラックスという人はやはりものすごく強いロマンティシズムを抱える人で、それがある種の病でもあるという状態なんだろう。ロマンティシズムという幻想を生み出すのには「秘密」があるかどうかが重要だ。そしてそれこそが彼の人格の根本的な部分を形成していると思う。「秘密」というものに捕らわれ、そして自らそれを生み出す。「秘密」という魅力的な伝染病に完全に感染してしまっている状態。という印象を彼から受ける。そういえば彼の名前、「レオス・カラックス」という名前も偽名なのだ。表現というものは何も曝け出すことのみを言うのではなく、自分を隠す、隠蔽してしまう、というのも表現の一部だと言える。そしてカラックスというのは明らかに後者のベクトルに非常に意識的な作家なんだと思う。

監督というと、現場というチームを自在に操っていく、というものをイメージするが、カラックスの場合はある種の神秘性で現場が動いていく、という感じなんだと思う。実際、彼は『ボーイ・ミーツ・ガール』から『ポンヌフの恋人』まで、撮影現場では撮影監督であるジャン=イヴ・エスコフィエとしか話さないという。他のスタッフとは全くと言っていいほどコミュニケーションをとらないらしい。それは役者に対しても当てはまり、必要最小限の情報提供に止まる。作品の秘密、脚本の秘密、カメラの眼差しの秘密。そういったものが彼にとっての生命線になる。ストレートなコミュニケーション、欲求、というのが身体的な表現として現れるが(特にドニ・ラヴァンのなかに)、それ以外の言葉やイメージというものは非常に複雑で、秘密めいている。だから彼に対して酷く苛立つ人もいるんじゃないだろうか。特に『ポーラX』なんかはそうだと思う。

本を読んだあと、さっそく久しぶりに『ボーイ・ミーツ・ガール』を途中まで観てしまう。すごく過剰な演出、というかこれは凝った演出と言うべきか、細部にわたってすさまじいエネルギーが注がれている。終始陰鬱なムードと尋常ではない美への緊張感が充満しているが、それが時々ユーモアによって微かに解放される瞬間がいい(小島)。

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