最近は森山大道さんの写真を見ながら過ごしています。ポートレイトが死体写真にしか見えないです。まったく何が写っているのかよくわからないのですが、そこには強烈な何かが充満しているのがビリビリと伝わってきます。『写真よさようなら』は見ていてくらくらしますね。ヘリコプターの写真が恐いです。心霊写真みたいです。あと男が玄関口みたいなところで立っている写真があるのですが、肩から上は切れていて顔が見えず、足が微妙に絶妙なガニ股具合になっています。馬鹿っぽいです。基本的にはどの写真も意味がわからないのですが(何が写ってんだこの野郎、といった感じです)、写真集を初めから終わりまでめくっていき、そしてぱたんと本を閉じたとき、とても大きな充実を感じます。
それと森山さんの書く文章も好きです。『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』を最近は読んでいるのですが、記憶喪失前の中平卓馬さんとの対談と、記憶回復後の中平卓馬さんとの対談に挟まれているインタビューと散文はどれも素晴らしいです。『犬の記憶』は何度も繰り返し読んでいます。予言と記憶との間を常に往復している感じがカッコいいですね。写真家の方で文章も書かれる方は多くいるかと思うのですが、とても興味があります。瞬間を切り取るトレーニングの賜物なんでしょうか、描写の文にすごく惹かれるものがあります。森山さんや大竹伸朗さんの文章もいいです。それと最近発見したのですが、大橋仁さんのブログの文章も素敵だと感じました。大橋さんの文章を読んでいるとヤクルトを飲むことや、大好きなおじさんのことを考えること、犬のさくらの犬小屋をつくること。そんな普通のことがなんだか不思議にとてもいとおしく感じてしまいます。
最近は描写が単なる描写に終わらず、わけのわからないショットが単なる混沌に終わらないことに興味があります。いい写真集って、そういう感じが強いような気がします。バラバラなんだけどなんとなく繋がっている。一つ一つのイメージや描写がそれぞれの鮮やかさを保ちつつも、最終的には何か一つの方向性にまとまっている。なんていうようなものに出会ったときにはなんだか恍惚としてしまいますね。最近こんな記事を読みました。Googleのマネージメントスタイルについての記事なんですが、「イノベーションを起こすには、会社を<カオス状態>と<きちんと構造化された状態>の間の "structured chaos"(構造化されたカオス)と呼ぶ状態に置くのが一番良いと説いたのだが、Googleが今ある状態はまさにそれである」なんていうものです。これを読んだとき、ああ、いい写真集っていうのはこういうことだよなあ、と感じました。いや、小説も映画も雑誌もサッカーも料理もみんなこういうことなんだよなあ、と、ちょっと乱暴ではありますがそういう風に感じてしまいました。カオスと構造。描写と物語。イメージと構成。そういったものをいかにして共存させるのか。とても難しく、また面白いことなんじゃないでしょうか(小島)。

