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2007年01月 アーカイブ

2007年01月12日

柴崎友香「その街の今は」

その街の今は柴崎さんの「その街の今は」が芥川賞の候補作になっている。
昨秋、忙しい時期を縫って読んだ本なので改めて感想を書いてみようと思う。
彼女の本は読後感がとてもいい。いつも読後にあたたか気持ちになる。本を通じて伝わってくるのが、メッセージという形あるものではなくて、言葉にならない何かだからかもしれない。現代作家にもいろいろなタイプがいるけれど、彼女は時代の空気感を肯定的に描く作家だ。そこには「形あるものに頼らないぞ」というしっかりした意志がある。文章を書くとき、メッセージや文体に頼ると自分が立派なものになった気がするけれど、それより大切なのは気持ちや向かい方だということを彼女は知っている。適確に伝えるテクニックより、時にはたどたどしく、まわりくどく語ることの方が意味を持つことがある。カザルスが奏でる『無伴奏チェロ』のように、そうしたものこそが心の奥深くまでゆっくりと届く。小説の言葉で届けられるのは、その作家の大事にしているものや生き方、それに雰囲気なのだ。彼女の作品を読むたびに、そんなことを思う。(ト)

2007年01月14日

服と顔

お正月は友達カップルと、映画『プラダを着た悪魔』を鑑賞。東京者のお正月というのは結構地味で、閑散とした街で映画観るぐらいしか、やることない。だから私は何年か前から、元旦には東京者同士、初詣→映画と巡るのがお決まりのパターン。その時の映画はできるだけ、小難しいものは避けることにしている。それで、今年は『プラダを着た悪魔』だった。

自分のやりたいことは明確だけれど、他人の視線に鈍感な女の子(アン・ハサウェイ)が、ハイ・ブランドの服を身に纏うことによって、他者との関係性に目覚めていく。セックス・アンド・ザ・シティで一躍有名になったスタイリスト、パトリシア・フィールドのスタイリングが、ヒステリックに炸裂していて、ワンシーンごとに打ちあがる、色とりどりの花火を見ているみたい。それが『VOGUE』と思しき編集部の、刺激的な人間関係をくっきりと浮き上がらせていた。

そう、この映画は服が主役。だからこそファッションが象徴する編集部の人間関係に、対比される主人公の恋人が、やけにあっさりとしか描かれてなかったりするのだけれど・・・まあそれは、どうでもいいとして。

主人公を演じるアン・ハサウェイと鬼編集長に扮するメリル・ストリープ。どっちも劇的な変化を演出できる、稀な顔立ちだなあと思う。アン・ハサウェイは初めの中西部のスクールガール的な印象が、髪を黒く染めて前髪を作ることで、がらっとモードな顔に変わってしまうし、メリル・ストリープはぎゅーっと目じりが引っ張り上げられたONの顔と、スッピン&ガウンのOFFの顔の落差を、劇中でこれでもかと見せつけている。メイクや髪型で劇的に変化する顔、それは骨格やパーツのフレームに個性がある顔だ。だからこそ、前髪で目の形を強調したり、チークで骨格を際立たせたりすることによって、印象ががらりと変わる。

激しい服を着こなすには、それを受け止める個性の強い顔が必要なのだなあと思う。服と顔。その二つを揃えられたところで、この映画の目指すところの大部分は、達成されていたのかもしれない。

さて、のんびり映画鑑賞していた正月やすみも終わり、私は初売りバーゲンで新調した服を身に着けて、働きまくっている。正月明けから、なかなかシビアな仕事環境。人はプラダを着なくても、悪魔になれるもの、なのかな?(蜂谷)