柴崎さんの「その街の今は」が芥川賞の候補作になっている。
昨秋、忙しい時期を縫って読んだ本なので改めて感想を書いてみようと思う。
彼女の本は読後感がとてもいい。いつも読後にあたたか気持ちになる。本を通じて伝わってくるのが、メッセージという形あるものではなくて、言葉にならない何かだからかもしれない。現代作家にもいろいろなタイプがいるけれど、彼女は時代の空気感を肯定的に描く作家だ。そこには「形あるものに頼らないぞ」というしっかりした意志がある。文章を書くとき、メッセージや文体に頼ると自分が立派なものになった気がするけれど、それより大切なのは気持ちや向かい方だということを彼女は知っている。適確に伝えるテクニックより、時にはたどたどしく、まわりくどく語ることの方が意味を持つことがある。カザルスが奏でる『無伴奏チェロ』のように、そうしたものこそが心の奥深くまでゆっくりと届く。小説の言葉で届けられるのは、その作家の大事にしているものや生き方、それに雰囲気なのだ。彼女の作品を読むたびに、そんなことを思う。(ト)
