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2007年05月 アーカイブ

2007年05月08日

「ガラスノ牙」 勅使川原三郎

勅使川原三郎は現代日本を代表する作家の1人だ。その新作には各方面から毎回注目が集まる。今回も期待に胸を膨らませたオーディエンスが劇場につめかけた。勅使川原が現れる。彼は床に敷き詰められたガラスを踏みしめながら舞台をゆっくりゆっくりと横切っていく。芸術家がガラスの上を歩くと、大きな音を立てて割れるガラスの音が劇場空間に鳴り響く。ガラスは使い方によっては踊り手たちの表現手段である肉体を傷つけかねない、危険な素材だ。肉体と繰り出されるムーブメントはスローでも緊迫感がみなぎり、リアリティが迫真に観客につたわる。

そんな作家の肉体が今回は単調にただ前進をしていく。やがて複数の踊り手たちも登場する。彼らはそれぞれ、腕や肘、膝や首など、特有の動きを大切にしながら同じように遅いペースで動き続ける。そんな彼らによる表現は、スピード感あふれるいつもの動きをフィルムのスローモーションのように遅くしたものではない。むしろ肉体の中に眠る意識の深層と砕けていくこの透明な鉱物が割れる音がもたらす緊張感の相互がぶつかりあうことで、肉体に対する意識が情景いっぱいに広がるような効果が生まれる。舞台に兎や山羊など様々の動物たちを上げた近作「Raj Packet」シリーズではダンスや肉体の外部を意識しているような印象があった。しかし作家は再び肉体に意識が戻ってきたようだ。苦悩し反復するような意識や人間の内面を象徴するようなノイズ、踊り手たちの鼓動や肉体を取り巻く環境の危険さから緊張感と共に現代人の肉体意識に迫ろうとする。

続く第二部は同じようにこの透明な素材が作り出す環境の中で勅使川原が動き出すことからはじまる。肉体が透明な物質を踏みしめるとパキパキと音が中劇場に響き渡っていく。作家は緊張感を増幅するように大きくジャンプをする。そして一度だけガラスが広がっている床の上に倒れる。そして何事もなかったように起き上がる。芸術家の肉体がガラスの破片がもたらす危険にさらされるとき、観客の視線の中には肉体が危険にさらされることから生まれるリアリティが立ち上がる。やがて佐東利穂子と勅使川原が踊りだす。佐東の激しい動きが切り出す空気が印象的だ。圧巻のラストはクラシック音楽が響き渡る中での勅使川原のソロだ。上体が呼吸する様や腕の動きを大切にしながら動き、作家は内面から外界に向けて何度も伸縮を重ねていくような踊りを見せる。肉体に宿る意識は反復を重ねながら宙へと解き放たれていく。

コンテンポラリー・ダンスを代表するこの作家が長年こだわってきたマテリアルの一つがこのガラスだ。最も得意とする素材をセノグラフィーのように用いるのではなく今回は緊張感あふれる演出に用いた。作家のこれまでの代表作品、例えば盲目のダンサーと壁に踊り手の影が焼きつく演出を可能にするメディア環境を用いた「Luminous」のような作品と比べてみると舞台美術や演出が今一歩モノトーンといえるが、往年のファンからみると今回のこの素材の使い方はとても評価が高かったようだ。勅使川原の踊りが流行の様になったこともあり、作家が新しいイメージを出しにくい状況があるのも事実である。しかし、この作品や躍動する肉体の醍醐味を見事に描き出した「KAZAHANA」といった作品と接していると、鋭角で新しい表現を作り出すことに作家の意識が集約しだしていることを感じ取ることができる。作家が繰り出す次への一歩が楽しみだ。
(12月15日 新国立劇場)

舞踊批評家 吉田悠樹彦

2007年05月27日

オフサイドラインで生まれた男

カンピオーネ -ACミラン、ヨーロッパ王座への軌跡-


足元の技術はゼロに近く、フィジカルも強いとは言えず、目を見張るようなスピードもない。しかしながら無駄に甘いマスクと詐欺師的なゴールセンスだけは過剰にある。フィリッポ・インザーギというのは、そういうかなりの欠落とピンポイントな特長を持った選手だ。そんな彼がUEFAチャンピオンズリーグ決勝で2点を決めた。痺れた。なんだか目頭が熱くなった(笑)。

そもそも。足でも頭でもなく、肩でゴールを決める。という、彼の恐ろしく泥臭いセンスには目を見張ってしまう。なんでこうも不器用なゴールばかりを決めることが出来るのか。アレックス・ファーガソンは彼のことを「オフサイドラインで生まれた」と評したけど(爆笑)、とにかくゴール・エリアの近くに抜け目なくポジションを取り続けることが彼の「本能」なんだろう。例えばインザーギがハーフウェイラインにいたらどうなる?たちまち彼はボールを失ってはカウンターの餌食になるに違いない。相手ゴールの近くにしかいれない男(技術的にも身体的にもメンタリティー的にも)。そんなストライカーの凄みをこの決勝戦では感じることが出来た。

あの、DFラインの裏を狙う、狡猾で泥臭いウェーヴの動き。そしてワンチャンスを決める勝負にかけるメンタリティ。奇跡的としか言いようがない。この試合のハイライトは2点目。カカがまったくどフリーで、何か時間が止まったようにゆったりとノープレッシャーでボールを持った、あの瞬間だ。リヴァプールDF陣は棒立ちで、オフサイドをかけるしか術がない(しかもそれが恐ろしく失敗に終わる確立が高いことを本能的に感じながら)。カカがボールを持った瞬間の、インザーギのDFの視界から消え去る素早い動き出しは、もはや芸術の域に達していた。

ポストプレーやドリブルといった効果的な崩しのプレーは全くと言っていいほど期待できず、技術的にも貧弱。そんな選手が、ボールを貰う前の神業的な動きとどんな形でもシュートをねじ込もうとする強烈なメンタリティのみで、フィールドに君臨する。だからこそ、サッカーというのは面白いのだ、と実感してしまった(小島)。