試写会に当たり、青山真治監督の『サッド・ヴァケイション』を東京FMホールで観る。異父兄弟、山、トラック、知恵遅れの女、レイプ、殺人…ものの見事に何から何まで中上健二。中上健二的なモチーフをいかにして現代的に再解釈するか。その一点のためにこの作品のモチベーションは向けられている。そして中上健二の作品が「父殺し」がテーマであるのに対して、青山作品は「母殺し」がテーマであるが、主人公はその「母殺し」については未遂に終わり、母性の支配を受ける。そういった再解釈がこの作品の大きな基盤となっている。なので、今回の女性に対する過剰な眼差しは作品をつくるうえでの「ルール」みたいなものだったと言える。
映画的にはかなりストーリー・オリエンテッドであり、非常に純文学的な感触になっている。言うなれば、かなり生真面目。それは以前からの青山作品に言えることだが、とにかく文学的なテーマを文学的な語り口によって追求していく。そういった愚直さが逆に今の時代においては希少になっている、と言えないこともない。作品冒頭は少しだけ不自然な編集で、ブツブツ切れ、全く関連性のない音楽がつながったりして、ちょっと現代風だった。が、そういったものも物語の中心部分へと進むにつれ、きれいさっぱり無くなってしまう。
個人的には『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』のほうが冒険じみたものがあり、好きだ。が、今回の『サッド・ヴァケイション』はあまりにも文学的過ぎて、物語に突飛な異物が無さ過ぎるような気がする。文学性を誘発するモチーフをそのまま使っているにしか過ぎない。そこがこの作品の弱さなのかもしれない。いや、そういうことを青山作品に求めるのはそもそもの話、間違っているんだろうか(小島)。

