
「例えばさ、ずっと一つの星を見上げていると、自分がその星に落ちていきそうな気がしてこない?」
金原ひとみ著作『星へ落ちる』を読だ。冒頭はこんなセリフから始まる。ずっと一つの星を見つめていると、どんどんその星の発する光に魅入ってしまい、いつの間にかその星の引力によって引きよせられている。もうここまで書けばわかると思うが、タイトル中の「星」というのは「ヒト」にあたる。だから星へ落ちるというのは、彼/彼女に落ちる(あるいは堕ちる)、ということだ。
『星へ落ちる』という作品は、人の魅力(引力)についての物語になる。どのようにして彼/彼女に惹きつけられ、そして自分自身を見失うのか。そのプロセスが相変わらずの金原節によって描かれている。例えば、一人一人は孤独な惑星で、だだっ広い宇宙を彷徨い続けているみたいに。アパートやマンションの部屋で、1人携帯を握り締め、相手からのメールや着信をひたすら待ち続ける。自分が発信したSOSの電波は相手にちゃんと伝わったのだろうか。他の惑星に届いているのだろうか。少しでも近づきたい、という衝動に駆られて、気が付いたら相手の引力から逃れられなくなっている。遂には、自身の重力を自分でも支えきれなくなる。なんていうプロセス。そしてこの物語ではそれが彼にも、彼女にも、無差別に起こり、入れ代わり立ち代り自らの重力によって自壊する。
この作品の中で個人的に一番面白かったのは、登場人物の女性作家(またしても・笑)が、昔の男からしつこくかかってくる電話の会話をその場でタイプし続けるシーンだ。彼女は男と通話中の携帯電話を肩と首で挟みながら、パソコンに向ってカタカタとキーパンチを始める。そして限界すれすれまでに追い込まれた男の焦燥感や叫びをクールにタイプしていく(こんなことされたら嫌だ、自分は・笑)。自分の中に入ってきた言葉を瞬時に切り取ってはPCの中に叩き込むような、オートマティックで残酷な言葉に対する眼差し。これは金原ひとみの一貫したスタイルだと言っていい。不安、焦り、しんどさ、一瞬不意に訪れる安らぎ、その後の絶望、そういった言葉が体の奥の奥から搾り出されながらも、一つ一つの言葉の手触り間は冷たく、むしろ醒めている。緊張や絶望がヒートアップすればするほど醒めていく。感情のレベルがアップダウンを繰り返しながらも、書き付けられる言葉はあくまでもクールでどこか突き放した感触がある、というのがこの作家の魅力なんだと思う。
作品の最後のほうで、自分を振った女をみじめに追いかけ続ける男が、解放される。「泣きながら笑って思う。俺は解放されたんだ。きっとずっと、俺は彼女と知り合ってからずっと、彼女の望む俺であろうとしてきたような気がする。彼女が出て行ってからも、彼女がこうして欲しいんじゃないかと思うことを先回りしてやってきたような気がする…彼女に遠隔操作されているみたいに、彼女が望むであろうことを実践してきた。でも俺は解放された」と彼は感じる。星の、彼女の、引力からやっと解放され、自分自身を取り戻す。恋愛で自分自身らしくなる?ここではそんなことは一切ない。もっと気違いじみていて、もっとも自分自身から遠く、他者に近すぎている状態。恋愛が終わってやっと自分らしくなる。そしてまた広大な宇宙の中を浮遊する孤独な惑星となる。まったく、やっかいなものだ(小島)。
