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母とはなにものか

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最近の角田光代の小説を読むと、なにを読んでもとても息苦しい。抜けがない。それだけ、彼女の小説には逃げがなく、真実に迫っているのかもしれない。

短編集『マザコン』も、読んでいて息苦しい小説だった。彼女が母であるというだけで、彼らが子どもであるというだけで…、なぜここまで詮索され、傾倒され、反発されなければならないのか。

「聖でも俗でもなくて、もともと母ではなかったがたまたま母になってしまった人を書きたかった」
と、角田光代は言う。

「聖でも俗でもなくて」。大抵の人はそんなものだ。普通の女に、否応なしに強烈なスポットライトが当てられるのが、母になるということなのだろう。
ひとたびスポットライトが当たるステージに出れば、賞賛や批判を甘んじて受けなければならないわけで…。その結果、さまざまなストーリーが生まれる。母たちに、それを阻止する権利はない。

ところで話はずれるけど、子が母のことを語る小説はごまんとあるけれど、母が子のことを綿々と書き綴った小説というのは、あまり見かけない。井戸端会議で我が子のことばかり喋る母親は、いくらでもいるのに。

なぜなんだろう? 実は母親とは、定説とは裏腹に我が子にそこまで入れこんでいないものなのか、それとも、子どもたちに手の内を明かすまいとする大人の配慮なのか…。
いずれにしても、賢明なことだ。 (蜂)

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